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「患者さんですよう」
と、房一は急いで頼んだ。加藤巡査は一瞬、不安な面持をした。が、房一の態度が決然としていたのと、急策としてはそれより他にないことも明かだつたから、直ちに承諾を与へた。
房一は椅子から立ち上つた。
「うん?」
男は始めにびつくりさせられて、今さう聞くと多少のみこめて来た様子であつた。どこも悪くないと云はれたこともうれしかつたらしい。房一はその腕をひつぱつて顕微鏡の前につれて行き男にのぞかせた。
「おれはまだ一本立ちの医者といふわけにはいかない」
――「やあ、おいでなさい。わたし相沢です」
「はあ、はあ」
これらの、過去一年あまりの中に或ひはひよつこりとした凸起をなし、或ひはまはりをぼかしたまゝ遠のいているさまざまな出来事のうちで、たつた一つのことが抜け出し、それは一向に過ぎたことにならないで依然としてつゞき、絶えず現在として変化し、房一に或る影響と関心を与へているものがあつた。たつた一つ――それは盛子の妊娠であつた。
と、練吉が引つたくるやうにとつてしまつた。
「うん」
「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」
と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。